犬山紙子さん、斉藤章佳さん対談 第1回

「自分とは関係ない」と思わないで。誰でも社会から孤立する可能性はある

「自分とは関係ない」と思わないで。誰でも社会から孤立する可能性はある

目を覆い、耳を塞ぎたくなるような児童虐待のニュースが連日のように伝えられています。憤りと悲しみのなかで、「一体自分には何ができるんだろう?」と無力感を抱いた人も多いのではないでしょうか。

コラムニストの犬山紙子さんも、以前はただただ無力感に苛まれ、何も行動を起こせなかったと言います。「でもある時、コップのふちから水が溢れ出るように、気持ちを抑えられなくなりました。この罪悪感を抱えたまま生きていたら、きっと私は後悔すると」。

私たちひとりひとりにできることなんてたかが知れているかも知れません。でも、まず意識してほしいのは問題を“他人ごと化”しないこと。「」プロジェクトを立ち上げた犬山さんと、大森榎本クリニック精神保健福祉部長で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんが、児童虐待の本質に迫ります。

虐待の連鎖が生まれる「機能不全家族」で起きていること

犬山紙子さん(以下、犬山):虐待死の事件をニュースで見るたびに、「あんなにひどいことをする親はいっこくも早く厳罰に処してほしい」とずっと思っていました。でも「本当に虐待をなくすためには」と考えた時にもっともっと違うアプローチが必要だとわかってきました。自分が児童虐待について取材をする立場になるまで、虐待をする親と私は全く無関係な存在として線引きをしてきたんですよね。

斉藤章佳さん(以下、斉藤):実態を知ると、虐待をする親って案外どこにでもいる普通の人が多いことがわかりますよね。

犬山:そうなんです。貧困や病気で、たまたま社会から孤立してしまっているような……。もちろん許されませんが、本当は子どものことを愛していたり、本気でしつけのつもりで虐待をしていたりするような場合もあって。

斉藤:また一方で見逃せないのが児童虐待の背景に「夫が妻にDVを行っている」というケースです。野田市の児童虐待死もそうでしたが、暴力の負の連鎖が、閉鎖的な家庭の中で起こってしまうというケースは非常に多い。

犬山:きっとあのお母さんは日常的にDVを受けていて、ある意味洗脳されたような状況で視野も狭くなっていたのではないかと思います。そう考えると、もっと早い段階で手を差し伸べられなかったのか、虐待の芽を摘むことはできなかったのか、と無力感に襲われてしまうのですが……。

斉藤:確かに、誰もがそう思いますよね。ただ実は、それが困難だという状況は現場にいると正直感じます。暴力の問題を抱える「機能不全家族」には、「見るな・聞くな・感じるな」という暗黙のルールが敷かれているケースが多いんです。家庭内で暴力が起こっているという現実を直視してはいけない、家族の秘密を守るために都合の悪いことは聞かなかったことにする、そして辛い現実に対しては正直な感情を感じないように心を麻痺させる。

犬山:社会に対して、とても風通しの悪い環境ですね。

斉藤:このルールに縛られている家庭って、別の意味で安定しているんです。家族メンバーが必死にそのルールを維持しようとしている。唯一、子どもにとってのゲートキーパーになりうる母親でさえ、「私にはこの生活しかないんだ」「夫にも昔はいいところもあったから」という思考に陥ってしまう。ますます「逃げる」という発想に向かわないんですよね。

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児童虐待と夫婦間DVに見られる関係

犬山:DVを受けている人が家庭から逃げ出すのって、すごくハードルが高いですよね。簡単に「逃げろ」と言うけれど、じゃあ逃げた後の生活はどうするの、仕事はどうやって見つけるの、って。もう制度自体が全然整っていない。そもそも、児童虐待と夫婦間DVに密接な関連があるということへの国のアプローチが遅すぎた感じがします。世間も含め。

斉藤:おっしゃる通りで、その関連性をメディアはもっと正面から伝えていくべきだと思います。「母親が子どもを虐待死させた」という文脈だけ捉えれば、当然母親が悪いという論調になりやすいですが、「DV夫の支配のもとで、母親が子どもを止むを得ず虐待した」と捉えなおすと、また違う問題が見えてくる。私たちのように、インターベンション(危機介入)を何件も経験している臨床家でも、介入の仕方が大きく変わってくるわけです。

犬山:やみくもに児童虐待を報道するだけじゃなくて、「なぜこんなことが起こったのか」という根本的な議論がファクトに沿ってなされるべきだと思います。

斉藤:そもそも日本は、被害者には厳しく加害者に寛容な傾向があります。例えば性犯罪加害者に対して、海外では強制力のある治療的保護観察制度やGPSによる監視が専門的なプログラムとセットで行われています。それを日本でやろうという話になると、「加害者の人権を考えろ」といった意見が出てきます。でも、DVにしても専門的なプログラムを受けることでとりあえず暴力が止まるケースって結構あるんです。だから、刑事手続きの段階や判決とともに治療プログラムをセットにすることができれば、再犯の数も確実に減らすことができるはずなんです。

犬山:それがむしろ加害者の今後のためにもなる側面もあるんですが。やっぱり制度的な問題が大きいんですね。私は昨年「こどものいのちはこどものもの」というプロジェクトチームを立ち上げたんですが、「児童虐待問題に取り組まない議員を私は支持しません」という声を同時にあげたんです。制度が足りないことで苦しんでいる子どもたちが、日本にはこんなにたくさんいる。そして、腹を立てている大人もこれだけたくさんいて、こんなにも国に変わって欲しいと願っている。その声を可視化したかったんです。

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問題を自分ごと化するには自分の“加害者性”に向き合う

斉藤:制度の未整備も含めて、問題を「自分ごと化」できない人はすごく多いなと感じます。少し話は変わりますが、2年前話題になった『』(イースト・プレス)を執筆した際に、痴漢加害者についてのデータ約700例をまとめたことがあるんです。その結果、「4大卒・妻子持ち・会社員」というステータスの人が、もっとも痴漢や盗撮の加害者に多かったということがわかりました。私自身ももちろんここに当てはまる属性なんですが……。

犬山:意外な結果と受け止められそうですね。

斉藤:すると、そのデータに当てはまる男性たちが一斉にSNSで「いや、俺は絶対にそうはなりません」って反論してきたんです。そして、痴漢冤罪の話をことさらに主張して、過剰に自分たちを正当化してくる人が多かったです。そういう感覚って、児童虐待に対しても同じことが言えるんじゃないかな、と思いました。自分の中の“加害性”に無自覚な人が多すぎると思います。

犬山:児童虐待も実態を知ると、むしろ他人事として捉えるのって難しいと感じるんですが、なかなか自分ごととは受け入れてもらえないですね。

斉藤:当事者意識のない人たちが、こぞって加害者を叩く傾向がありますね。

犬山:そうですね。こういう絶望的な事件に接した時に私たちができることって、やっぱり「想像力を持つこと」なんじゃないかな。パッと加害者を断罪するんじゃなくて、「なんでこういうことが起こったんだろう」「どうしたらこういう事件が減らせるんだろう」そういう風に考えることができたら、もう少し世の中は変わっていくんじゃないかと思います。

第2回:「らしく」のラベルをはがすには?は15日正午公開予定です。
(構成:波多野友子、写真:青木勇太、編集:安次富陽子)

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