結婚がわからない・渡辺ペコさん対談 前編

結婚に踏み切れたのは「ある程度自立できた」と思えたから【渡辺ペコさんと語る】

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結婚に踏み切れたのは「ある程度自立できた」と思えたから【渡辺ペコさんと語る】

「結婚がわからない」
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縁あって結婚をしたものの、「結婚とは何か」がイマイチわかっていない桃山商事の清田が、結婚について様々な角度から考察している識者たちとの対話を通じて学びを深めていくこの連載。

今回は、話題の漫画『1122(いいふうふ)』(講談社)の作者・渡辺ペコさんをゲストにお招きした。セックスレスの果てに“公認不倫”という衝撃的なルールを設けた夫婦を描く渡辺さんと、結婚という制度や個人の欲望について語り合った。

渡辺さん、いい夫婦ってなんでしょうか?

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「個人」を基盤にした憲法24条の結婚観

清田隆之(以下、清田):『1122』を読んだとき、冒頭から「おお……これは!」ってなったんです。というのも、この作品は日本国憲法の第24条から始まるじゃないですか。まずそこにシビれました。

渡辺ペコさん(以下、渡辺):連載の準備をしているときに、ちょうど家庭生活に関する憲法第24条の改正案が話題になっていたので、「これだ!」ってすごくピンときた感覚があって。だから、そう言っていただけてうれしいです(笑)。

清田:なぜこの導入にされたんですか?

渡辺:24条は結婚や家族に関する憲法で、条文を読んだとき、すごくカッコイイなと思ったんですよ。そこでは女性も男性も「個人」であることが尊重されていて、グッとくるものがありました。だから、改憲案を見たとき、文言の修正が一部だとしても、国に家族のあるべき姿や義務が定義されたり求められたりすることに違和感があって。これを念頭に置きながら作品を描いていこうと思ったのがきっかけです。

日本国憲法 第24条
① 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
② 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

清田:改めて読むと、感動的ですらありますよね……。違和感というのは、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という部分ですね。「個人」ではなく「家族」を重んじる自民党の改憲草案だなぁという気がします。また、「配偶者の選択」という言葉も削除されている。まるで「男女による結婚のみが正しい家族で、みんなこれを目指さねばならない」と言わんばかりの内容に感じられ、ちょっと怖いです。

渡辺:現行の憲法とは家族観がだいぶ異なりますよね。

清田:『1122』だけでなく、『にこたま』(講談社)や『ボーダー』(集英社)など、ペコさんの描く漫画には「個人」をベースにした作品が多いような印象があります。結婚やジェンダーといった枠組みと、そこからはみ出てしまう個人の感情や欲望。自分と他者の境界線はどこにあって、人は人にどこまで踏み込んでいいものなのか。他者を個人として尊重するとはどういうことなのか……など、どの作品にも「一人の人間として生きるとはどういうことか?」という問いかけが共通しているように感じます。

渡辺:そうですね。毎回厳密にコンセプトを定めているわけではないのですが、個人としてどう生きるのか、何を選択し、何を諦めるのかというところを知りたくて漫画を描いている部分は確かにあります。制度としての結婚と、その中における個人の感情や個人同士の関係性を同時に考えてみたいと思って描き始めたのが『1122』でした。

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結婚に“積極的な理由”は存在するのか?

渡辺:私も清田さんも既婚者なので、結婚という枠組みの中に入っていますよね。一方で個人としても存在しています。そういう中で、どのように生きるか、夫婦という関係をどうやっていくか、ずっと考えているけどいまだにわからないことが多いんです。それを知りたくて漫画を描いている部分もあります。

清田:結婚って当たり前のように存在している制度だから、その意味や是非を問い直すことってあまりないですもんね。僕もこの連載をやっていなければ、「結婚ってなんだ?」「なんのためにするんだ?」とか、改めて考えることはなかったと思います。

渡辺:清田さんはなぜ今のパートナーと結婚という形を取ったんですか?

清田:一般的にアラサー以上のカップルの場合、2〜3年交際すると「結婚はどうしよう?」って発想がわりと自然に出てくると思うんですよ。僕の場合もそうで、とても素敵な人だし、相性も価値観も合うしってことで、1年間の同居生活を経て、まるでシームレスに移行するかのように結婚に至りました。ただ、自然というのは裏を返せば「特別な理由もなく」ってことにもなると思うんですよ。例えば「非婚」という形で関係を続けていくほうが、よほど積極的な理由や合意が必要になってきますよね。

渡辺:夫婦別姓や事実婚なんかも同じですよね。私も清田さんと似ていて、「グリーンカードみたいな強いカードをもらえるならもらっとくか」みたいな気持ちで結婚したところがあります。結婚してみたらいろいろ説明が要らなくなったし、このカード確かに便利だな、と(笑)。うん、やっぱり強いし便利なんですよね。

清田:実感がこもってる。なんの躊躇も違和感もなく結婚に踏み出せたのはすごいことだと思うんですが、一方で「なぜ結婚したの?」と問われるとイマイチふわっとした説明になってしまう。そこを改めて言葉にしていきたいというのがこの連載の狙いでもあります。

「自分の問題」に決着をつけることも大事なポイント

渡辺:前回は家族社会学者の永田夏来さんとお話しされていましたよね。何かわかったことはありましたか?

清田:永田先生とは主に、僕が20代後半から6年間付き合い、結婚に至らず別れてしまって元恋人とのことについてお話ししたんですが、そこで思ったのは、当時は自分の仕事に自信を持ててなかったことが結婚を躊躇していた理由のひとつだった、ということで。

渡辺:妻子を養うだけの収入が得られていなかったということ?

清田:それもあるんですけど、もっと大きかったのは「自己実現欲求」みたいな部分です。文章を書くことを仕事にした以上、自分なりのテーマを見つけたいとか、本を書きたいとか、知名度を上げたいとか、そういう青臭い気持ちが自分の中にありまして……当時はそれがまったく実現できていなかった。

渡辺:すごくわかります。

清田:今だって貧困まっしぐらですが、桃山商事の活動が文筆業の中心となり、一生関わっていきたいテーマが見つかったことで、自分の中にようやく軸のようなものができた感覚があります。今のパートナーとの結婚に躊躇なく踏み出せたのは、そういう背景も大きかったのかなと。

渡辺:なんと言うか、自分の輪郭が定かでないときに他人と重大な契約を結ぶことが、私もすごく怖かったです。寄る辺ない状態が嫌で結婚を望む人の気持ちもわかりますが、私にとっては、自分の輪郭が曖昧なのにカチッとした制度に取り込まれることのほうが怖かった。自分の形がわからないまま、自分が別の形になってしまう恐怖というか。

清田:「自分の輪郭」って感覚、めっちゃわかります! 僕の場合は仕事を「自分の輪郭」のように感じていたのですが、ペコさんはどうでしたか?

渡辺:私も仕事が大きくて、何者かにならねば、自分のお金は自分でなんとかできるようにならねばという焦燥感がありました。成功したいとかではないのですが、やるべきこと、取り組むべきこと、考えるべきことを、きちんと自分が納得する形で表現し、それで需要やお金を得ることを渇望していたんですよね。今は様々な人の助けもあり、なんとか漫画家としてそういう形に到達することがでるようになりました。私が結婚を決断できたのも、自分がある程度自立できたなと思えたからだと思います

清田:そう考えると、結婚というとつい相手のことに焦点を当てがちですが、実は「自分の抱える問題に決着がついているかどうか」も大事なポイントってわけですよね。

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『1122』が揺さぶってくるものとは?

清田:自己実現に関しては自分が責任を持ってなんとかする。そして、輪郭の定まった者同士、互いに個人として尊重し合いながら一緒に生きていきましょう。自分としてはそれが結婚の理想形だなと思っています。個人主義者って日本では「わがままな人」という意味合いを帯びてしまうけど、本来はそうじゃありませんよね。個人とは「社会の最小単位」であり、自分と他者は異なる人間で、どれだけ仲良くても、わかり合えない部分、侵してはならない部分がある。それを踏まえた上で共生していきましょうというのが個人主義だと思うんですよ。

渡辺:そうですよね。『1122』に出てくる夫婦*もそういうタイプの人たちだと思ってますし、私自身もそうありたいと思っています。

*妻の一子(いちこ)と夫の二也(おとや)

清田:ただ、あまりに「個人と個人」ってなっちゃうと、今度は「なんで一緒にいるんだろう?」って疑問も出てくるような気がするんですよ。それぞれで生きるなら、わざわざ結婚する必要はあるのか、みたいな。

渡辺:例えば子どもがいなくて、それぞれ仕事して自立している人たちが結婚して一緒に暮らしたとしても、生活って実際あまり変わらなかったりしますよね。

清田:友達とルームシェアしているときはそんな感じでした。楽しかったし気楽だったけど、あまりにそれぞれって感じだと、「一緒に暮らしてる意味とは?」みたいな疑問も出てきた。だからこそ、人は結婚という制度を利用したり、ルールを設けて自由を制限してみたりするのかも……。

渡辺:清田さんがこの連載のプロローグで述べていた「結婚=アクセス権を互いに開放すること」という考え方も、その延長にあるものかもしれませんね。

清田:『1122』がすごいのは、結婚という枠組みに入りつつも互いを個人として尊重し合う夫婦が、「セックスレス」という問題を通じて葛藤しまくるところだと思うんですよ。「結婚ってそういうものだから」では片づけられない個人の感情や欲望を直視し、ここから先は個人の領域だから踏み込んではならないと最大限リベラルに考えてみるんだけど、今度は「だったら結婚ってなんなんだ!?」という問い返しの波に飲み込まれ……という光景を目の当たりにし、読者であるこちらの結婚観や性に対する考え方がぐわんぐわん揺さぶられるというか……。

渡辺:そうですよね。私は個人として尊重して欲しいし、相手のことも一人の人間として尊重したいし、そういう中で丁寧にパートナーシップを築いていきたいという思いがあるのですが、ときには個人的な欲望を解放し、脳内物質がバーッと出るみたいな感じも必要だとは思っていて、その是非やバランスみたいなものを、作品を通じて考えているという感覚があります。

清田:欲望の問題は興味深いです。後編ではそのあたりを中心にお聞きできればと思います。

*後編は10月1日(月)公開予定です。
(清田隆之/桃山商事)

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結婚がわからない

普段は恋愛相談や失恋話ばかり聞いている桃山商事の清田さんに、自分自身の結婚や、どんな毎日を送っているかをつづっていただきます。

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