出稼ぎ生活5年目、「食える力」について考える【小島慶子のパイな人生】

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出稼ぎ生活5年目、「食える力」について考える【小島慶子のパイな人生】

「「πな人生を生きていく。」」
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恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。

第10回は「食える力」について。お金を稼ぐこと。やりがいのある仕事をすること。いざとなったら、ひとりで生きていけること。働くDuniakita世代にとってはどれも大事なポイントだけど、それって全部両立できるの? 

いろいろあってもなんとか生きていく力

いきなりですが、食える力って大事ですよね。オーストラリアでの「出稼ぎ生活」も5年目に入り、最近つくづくそう思うのです。単に「稼ぎがある」という意味ではありません。色々あってもなんとか生きていく力のことです。

昔話になるけれど、私が働き始めた1995年はまだ、女性の大半は数年働いて寿退社とか出産を機に退職という時代でした。当時は仕事を持つ女性というと、髪振り乱して結婚も子供も諦める人生……というイメージで、オールドミスというヒドい言葉も存在しました。一方で“キャリアウーマン”は、したい仕事をして、結婚も出産も自分の意思で決める、そんな自由でかっこいい最先端の女性のイメージだったのです。

親から経済的に自立したかった私は当時はまだ珍しかった女性の総合職を志したのですが、半分は生きていくために、もう半分は「輝くために」働くという意気込みでいっぱいでした。

人前に出る仕事に就いたのも、安定雇用の正社員であるだけでなく、輝きぶりを他人様に評価してもらえる素敵な仕事だと思ったから。本来働かずに男性に養ってもらえばいい立場の女性がわざわざ働くのだから、人よりも生き生きとしていなくては……そんな思い込みがあったのですね。つまり当時はまだ、仕事は女性の人生のオプションだったのです。

それが今や、性別に関係なく働き続けるのがデフォルトの時代。仕事するなら素敵じゃなくちゃとか呑気なことを言っている場合ではありません。まあだから「女性を輝かせる」とかいう文言で国ぐるみでキャンペーンを打たれても白々しさを感じてしまうわけですが。

ご存知のように女性は大半が非正規雇用ですから、輝かせるんじゃなくて安心させるのがまずは第一。正規雇用の働き口を増やし、待機児童を一刻も早く解消することが肝要です。しかも良質な保育でね。

「輝くこと」よりお給料が優先だった

バリバリ働きたい時もあれば、ペースダウンしたい時もあるのが人生です。転職や独立をすることもあるでしょう。一歩一歩夢を叶えて階段を登っていく人生設計から、上がったり下がったり右に行ったり左に行ったり、自在に立ち位置を変えながら生きるやり方へ。その時に指標となるのは、今は自分は何を最優先させたいのかということです。なんであれ、今の仕事の何に価値を置いて働いているかがはっきりしていれば、自ずと次の道も見えてきます。

以前も書きましたが会社員時代、二度目の産休から戻った時には仕事がほとんどありませんでした。毎日アナウンス部で電話を取っていたら、ある男性アナから面と向かって「この先ずっと仕事なんかないかもしれないのに、いつまで会社にいる気ですか」と言われました。当時はマタハラという言葉を知りませんでしたが、典型的ですよね。以来彼は、私の心のブラックリストの殿堂入りです。

なんと答えたかは思えていないけど「お前にそんなことを言われる筋合いはない。私には働く権利があるんだからどんな地味な仕事でもしてずっと会社にいてやる」と思いました。花形の仕事以外は役立たずと考える彼のような人には惨めに見えるかもしれないけど、二人の子供を抱えて共働きで生計を立てなくちゃならない私にとっては、電話取りだって大事な仕事。世の中を作っている仕事の大半は地味なのだから、私が会社にいてはいけない理由なんてないと思いました。

10時から16時まで電話を取り、16時からは育児時間を2時間取得して子供を迎えに行くという生活。子育てをしていない周囲の人たちが「育児中の女は早く帰ったりして、やる気がないから迷惑だ」と言っているのも耳にしましたが、当然の権利なのだし、仕事は仕事でちゃんとやっているのだから知るもんかと思っていました。

その当時の私にとっての最優先事項は、給料をもらいながら育児の時間を確保すること。それまでの、より華やかな仕事をしたいとか、より高く評価されたいという気持ちには蓋をして、発想を切り替えました。今思えば、もしもあのとき後輩男性の言葉を真に受けて「私なんか会社にいる価値がないんだ」と思ってしまったら、働き続けることはできなかったでしょう。

優先順位が変わった瞬間

やがてラジオで仕事が始まって軌道に乗り、入社満15年となった年度末、その年度に最も活躍した社員の一人に選ばれて表彰されました。その時ふと、これで会社に借りがなくなったという気持ちになりました。そして反射的に、辞めるなら今だ!と思ったのです。善は急げと表彰式の夕方に辞表を出したら非常識だと呆れられましたが、気持ちは変わりませんでした。このまま管理職になって後進の育成をするか、会社を辞めて時間を自由に使って仕事をするか。その時点で私の人生の優先事項は、組織から自由になることに切り替わっていたのです。

それからは、明日をも知れぬ身。毎月決まった収入と年に2回のボーナスがあるのが当たり前だった会社員時代とは全然違う生活となりました。会社を辞めた3年後に今度は夫が仕事を辞めて世帯収入が大幅に減り、オーストラリア移住を決意して出稼ぎ生活を選び、実質的に日本で働ける期間が半分になりました。正気の沙汰ではありません。でも夫が仕事を辞めたことによって「東京以外で子育てをする」という選択肢が初めて思い浮かび、お金よりも教育環境を優先しようと思ったのです。そしてそれは結果として、子どもたちにとって大正解でした。

「出稼ぎ生活」も5年目に入り…

家計の規模が縮小したのに合わせて色々な見直しを行い、出稼ぎ生活も5年目に入りました。相変わらず自転車操業で、先は見えません。でもよく考えたら未来はまだどこにも存在していないわけで、たとえ自分の頭の中で詳細にイメージしたところで、それ通りになるはずもありません。先は、いつも見えないものなのです。

人生には、やりたいことがあって自分で環境を変える時もあれば、環境が激変して否応なく価値観が変わってしまうこともあります。与えられた条件の中で「この環境には価値がある」と思える要素を見つけるしかありません。

結婚、出産、異動に転勤、転職や休職や再就職。夫婦なら、相手の人生にも巻き込まれます。だけど、生きていかなくちゃ。「食える力」とはきっと、地味でも先行き不透明でもふてくされずに、現状で最善の選択を重ねていくしぶとさをいうのだと思います。

【新刊情報】
小島慶子さんの最新著書が刊行されました。

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