窪美澄さんインタビュー後編

もう恋愛はこりごり? 窪美澄さんに聞く「誰かを愛したい欲」の育て方

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もう恋愛はこりごり? 窪美澄さんに聞く「誰かを愛したい欲」の育て方

2009年に「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞の大賞を受賞して以降、女性の性や出産、不妊などをテーマに作品を書き続けてきた窪美澄(くぼ・みすみ)さん。最新刊となる『じっと手を見る』(幻冬舎)が4月5日に発売されました。

インタビュー後編は、過去の恋愛を肯定するコツや、官能的でありながら共感できるセックスシーンについて聞きました。

<前編は…>人を好きになることって? ダメな恋をした自分を許す方法

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どんな人でも、出会って損はない

——前回、「ダメと思っても、好きという気持ちの方が勝ってしまう」というお話がありました。今作の『じっと手を見る』に限らず、窪さんの小説を読むと、ダメな恋でも肯定できるような気がしてきます。人を好きになった経験を通じて、自分を顧みてみると、恋って味わい深いというか……。

窪美澄さん(以下、窪):ありがとうございます。ひとつの恋愛が終わったからって、その出来事を全否定する必要は全くないと思います。ダメな恋愛でも、何かしら自分の肥やしになっていると思うんですよね。

「こんなに人のことを愛せるんだ」とか「モラルを飛び越えて好きになれるんだ」とか、肯定すればいいんですよ。外から見たらダメな相手でも、もしかしたら、人には見せない素敵な部分を、自分には見せてくれたのかもしれないじゃないですか。だから、どんな人でも、出会って損ということはないですよね。

——そう言われると、すごく救われますね。

窪:「みんなが気づかなかったいいところを、私は拾う目があったんだ」「好きになれる部分を見つけられたんだ」と思って、自分の得点にすればいいんです。

——相手のことを好きになるというのがどういうことか、わからなくなっているアラサー女性も多い気がします。経験を重ねている分、見る目がシビアになっていて、価値観が合わないと感じるとすぐにNGを出してしまうとか……。

窪:価値観すべてがぴったり合うなんてことはないですよね。この人とは気が合うなと思っても「え、この映画好きなの!?」とか、理解できない部分が絶対にあるじゃないですか。好きな漫画や趣味、食べもの、洋服、セックス……全部合う人なんていないんです。例えば食事の好みは一緒の方がいいとか、好きな映画は合う方がいいとか、テレビを見ていて悪口を言う場面が同じだといいとか。2つ3つ合っていれば、いいんじゃないでしょうか。

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猫を飼う重さを引き受ける

——仕事に対しては「合わない」と思ったときも歩み寄ったり、自分のスキルを上げて立ち向かったりすることができるのに、好きな相手に対して同じように対応できないのはなぜでしょうか。

窪:仕事って、頑張れば頑張るほどクリアできることが多いですが、対人間だと思い通りにならないことの方が多いですよね。相手の気持ちを簡単には受容できないですし、「私のことをわかって」と自分の気持ちを押し付けると、相手も疲れちゃう。でも、あるときパチンと、小さなことで心が通じ合う一瞬があると思うんですよ。その一瞬を2人で大事にできたら、結構うまくいくのかなと思います。

——小さなことで心が通じ合う?

窪:私は20代のときに、元の夫と一緒に住むことになりました。あるとき、友人が住んでいる長野で猫がたくさん生まれたという話を聞いて、私が「欲しい、飼いたい」みたいなことを言ったんですよ。でも、東京に連れて来るのも大変だし、クリアしないといけない問題がたくさんあった。

それにもかかわらず、元の夫が「じゃあ、飼おうか」って言ったんです。そのとき「猫を飼うっていう重さを、この人は引き受けるんだ」「この人とはやっていけるかもしれない」と思いました。そういう一瞬って、離婚しても忘れないですね。

「あのとき、自分と猫と一緒に生きようと思ってくれたんだな」という思い出は、自分の心の奥底にある宝石箱みたいなところにしまってあるんですよね。そして、ときどき出して眺めるんですよ。「あのとき、ああ言われたんだな。嬉しかったな」と思い出すと、なかなかいい人生じゃないかと思えるから、そういう思い出を貯めておくといいんじゃないでしょうか。

50歳を過ぎても誰かを愛したい欲はまだまだある

——Duniakita世代からは、誰かを好きになることが億劫になってしまっているという声もよく聞きます。本作でも、日奈が「もう自分は一生、人を好きになることがないのかもしれないと思う」と考えるシーンがありますよね。窪さんは離婚経験がありますが、この先また恋したいと思いますか?

窪:私は、50歳を過ぎるまで、ずっと誰かの面倒を見てきた人生だったんです。息子が15歳のときに夫と別居して、それから息子と2人暮らしを始めました。5年前に息子が大学生になり、一人暮らしをするために家を離れたことで、やっと自分のことだけ考えられる時間ができたんですよ。何を食べてもいいし、夜中に映画館に行ってもいいし、24時間自分のために使っていい。「最高すぎる」と思いましたね(笑)。

——人の面倒を見ることからの解放感とは次元が異なりますが、私も昔恋人と別れた直後に、ベッドをひとりじめできるのがたまらなく嬉しいと感じたことがあります(笑)。

窪:「最高!」と思いますよね。私も、自分のことだけ考えられるのが嬉しくて仕方がなかったんですけど、最近、その状態に飽きてきています。「1人って楽チン」「恋愛も結婚もこりごり」と思っていたけど、今は誰かの世話を焼きたい。そういう欲って、年齢を重ねてもあるんです。誰かを愛したい欲って、私の中にまだまだあるんですよ。だから、また恋愛するような気がするし、誰かを好きになるだろうという予感があります。

孤独を感じたときに「何で私はひとりなんだろう」「誰からも好かれない私は、魅力がないのかな」とネガティブに考えてしまうのは、一番良くないことです。自分の好きな肌ざわりの布団を選んで、枕も柔らかいのを選んで、自分の好きな香りのものを置いて。そうやって自分の機嫌をとっていると「この部屋に誰か来てもよくない?」というふうに思えてきます。だから、誰かを好きになりたければ、自分の機嫌が良くなる状態を、どんどん突き詰めるといいような気がしますね。

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セックスによって体への理解が深まる

——アラサーの女性にとって、恋愛とセックスは切り離せないものです。今回の『じっと手を見る』に限らず、窪さんの小説は、セックスシーンから始まることが多いですよね。何かこだわりがあるんでしょうか?

窪:「小説幻冬」などの小説誌では、年に1回、官能特集を組むんです。私のように「女による女のためのR-18文学賞」でデビューした新人は、それらの特集に呼ばれるんですよ。私の小説は、官能特集で1篇書いた後、連作にしましょうとご提案いただくことが多いので、セックスシーンから始まることが多いんです。今回の『じっと手を見る』を書くことになったのも、「GINGER L。」という小説誌で「官能をテーマに1編何か書いてください」という話をいただいたことがきっかけでした。

——窪さんの書くセックスシーンを読んでいて、心の内側から何かがジワッと溢れてきたり、自分が大事に愛されていると感じられたりする女性は多いと思うんです。女性が読むということは、何か意識されているんですか?

窪:特に意識して書いているわけではありませんが、女性の読者には、体への自尊心みたいなものを持っていただけると嬉しいですね。激しいセックスをしていても、体だけでなく、心が癒やされるとか、自分の何かが認められるという形のセックスを書きたいという思いはあります。今回の小説の日奈のセックスシーンとかは、特にそうかな。あとは、臆せずセックスをしてみては?と伝えたい。誰とでも寝るということではなくて、セックスすることに対して臆病にならないで、と。

セックスを書く、官能を書くというと、性的にアクティブな女性がいろいろな人と寝るような小説になりがちです。でもそうではなく、日奈のように、2人の男性の間でセックスにも温度差があるとか、人との交わりによって自分の体が変わっていくのがわかるとか。そういうシーンを通して、セックスをすることで自分の体への理解が深まるということを書いていきたいですね。

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(取材・文:東谷好依、写真:青木勇太)

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