精神科医・名越康文さんエッセイ 第22回

「自分をよく見せたい」その願望が原因でたびたび失敗してしまう貴女へ

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仕事でもプライベートでも、人前でついつい「自分をよく見せたい」と軽はずみな言動をとってしまい後悔してしまうこと、ありませんか?

精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生によると、そういうタイプには、ある共通点があるのだそう。

「軽はずみな承諾」してませんか?

「うれしまぎれに、軽はずみな承諾を与えてはならない」洪自誠

うわーっ、痛い。痛すぎる!(笑)。引用元は『菜根譚』という中国の古い随筆集。洪自誠という著述家が、儒教と仏教と道教を融合した「三教一致」の立場から、人の道、というか処世訓をわかりやすく説いたものですね。

これ、基本的には解釈なんて必要ないと思うんですよ。まったくこのまんま。特に僕なんか、もう丸々こういう人生です。仕事でもすぐ「はい、エエよー」ってノリで安請け合いして、あとになって凄まじく後悔したりとか(笑)。

僕たちは嬉しい時に頼まれごとをしたら、それが結構難しい案件であっても、つい「いいよ」って言ってしまう。確かにそういう時は、人生ノー・プロブレムの気分になっているんですよ。その瞬間、パーッと人生という道に何の障害もないように感じてしまうわけ。よく考えたら、プロブレムだらけやのに(笑)。

実際、「軽はずみな承諾」で人生を思わぬレベルにまで破壊されることは、よくあるんです。だけどそれを踏まえて、僕はこの言葉に、僭越(せんえつ)ながらちょっと反論したくなるなあ。「でも洪自誠さん、だから人間って生きていけるんとちゃうの?」って。

洪自誠は16世紀から17世紀の中国の人なんでね、生き馬の目を抜くようなご時勢に生きた人ならではの言葉かなと思うんです。だから認識も厳しくなる。「軽はずみな承諾」を与えた相手の中に悪人がいたり、人をだます本性を持っている人がいたり、ズルい人がいたり。もっと言うたら、明確に悪意を持った詐欺師とかペテン師がいたり。

いまの世の中でいうと、「軽はずみな承諾」の危険を示す典型例は連帯保証人ですよね。人の良さにつけこまれて、他人の借金をかぶる場合。しかも何千万円とかね、自分が返済できる限度を遥かに超えているような額を。これはちょっとした心の隙を突かれるような話やから、本当に気をつけないといけない。ひとりで暗く思い詰めて、自死を考えるようなことにもなってしまう。

だけど人間って、どこかありていな理屈では割り切れない不思議な生き物でね。例えば僕の知り合いの社長さんなんか、保証人になって1億円ほど損している。でも破格の能力を持った人なので、ちゃんと払い切るんですよ。それで返済後、何て言ったと思います? 「借金が払い終わったら、生きる気力がなくなりました」って(笑)。借金のおかげでアドレナリンが出まくって、逆にそれが人生の活力になっていたんですって。

この例を一般化するのは難しいかもしれませんけど、ただ「借金をバネにして頑張る」っていう感覚自体は、いままでに経験したことのある人って多いと思うんです。

僕の場合はね、借金を2年前に返し終わっているんですよ。でも、小さな子供がいるんですよね。いまどきの小学生って、えらいお金が掛かるんですわ。

僕にとってはウチの子供が「歩く借金」(笑)。「留学したい」とか言い出したらどうしよう、とかね。だから無事学校を卒業して、社会人として自立してくれるまでは仕事の気を抜けない。これ、子供さんのいるお父さんお母さんは、みんな同じようなことを思ってるんとちゃうかな?

安請け合いしてしまう本当の理由

もちろん普段の仕事の場面でも、「軽はずみな承諾」のせいで自分から罠にハマっちゃったケースは、誰しも多少は経験あると思うんです。

「まあ、できるだろう」と見積もっていた仕事が、実はすごくタイトな進行で、想像以上のストレスで疲労困憊した、とか。あるいは単純に、「嫌な思いをした」という場合。あんまり組みたくない、相性の良くない人と、ずーっと半年間くらいプロジェクトを一緒にやらなければならなくなったとか。

そんな経験の3つや4つ、皆さんもお持ちじゃないですか? 僕なんか、嫌だったことはだいたい忘れてますけど、ちゃんと思い出したらいくらでもあると思うんですよね。

最初にも言いましたけど、僕はどっちかというと「軽はずみな承諾」をたくさん与えてきた人生なんですよ。特に30代から40代前半くらいまでは、その傾向がかなり強かったですね。

それを反省しつつ、いま振り返って考えてみたらね、やっぱり、ある種の「欲」に駆られていた部分があったなと思うんですよ。

例えば「仕事で良い評価を得たい」っていうこと自体は、社会人として当たり前の姿勢ですよね。ひとつの仕事をこなしたことに対して、然るべき一定の評価や信用を得たい。これはまともな「欲」やと思うんですよ。過不足のない「欲」の形。

でも当時の僕って、それプラス「尊敬されるんじゃないか」とかね。「一目置かれるんじゃないか」とか。ちょっと過剰な「欲」が上乗せされていたような気がするんです。ヤラしい人間やなあ。でもこの「一目置かれたい」という願望が、まだ若い30代の頃とかは正直結構ありましたね。

本来、やった仕事のぶん信用される、ってことだけで充分やのにね。それでなぜ、昔の自分は「一目置かれたい」っていう渇望があったのかな?と考えると、おそらく僕がややファザコン気味だったからだと思うんですよ。

父親との関係が一因かも

僕の父親は結構イケイケな人でね。家の中でもイバっていたし、この「強い父親」にコンプレックスを感じて少年時代から青春時代を過ごしてきたんです。

これは男性のケースですけど、ファザコンっていうのがどのような一般的傾向があるかというと、まず強大な父親に対する脅威、怖れを抱いているだけに、父親と仲良くしようとするタイプがある。もうひとつは、父親よりも男らしく見せようとするタイプ。この2つの傾向に分かれて、しかも多くの場合、両方が共存しているんです。

そうするとファザコンの男性って、父親的な「強い存在」に対して、すごい服従心が出るわけ。父親に従い愛されることで、自分への攻撃を回避しようとする。その一方、父親を追い越してやる、そのためにはもっと男らしく振る舞わなければいけない。この心性から、過剰に男性性をアピールする。そんな二面性が心の中に出てくるわけです。

例えば、どの職場にも絶対いると思うんです。ものすごく会社に忠誠心があって、それをアピールするんやけど、一方で周りの部下にはパワハラする、みたいな。これって典型的なファザコンの男性像です。ただ、この傾向が全然ない人っていうのは稀なんです。僕も父親からの離脱・自立の時期に、過剰に自分の男性性を庇護しなければならない、助長しなければならないという気持ちがあったと思います。

父親は僕が大学を卒業する頃に亡くなるんですけど、もう父親はいないのに、それがまだ30代の時は大いに尾を引いていて、仕事中は「自分を大きく見せたい」っていう気持ちが、普通にリラックスしている平静時よりは2割増しくらいであったような気がします。「こういう時は俺がリーダーシップを取らなアカン」とか、自分のファザコン性が心を焚きつけていた。

その時に「よっしゃ、やるやる」という安請け合いを、たぶんよく繰り返していたんですよね。ちょっと鼻息の荒い「俺にまかせろ」感が、結局は自分の落とし穴につながっていくことがあったなあって。

女性の「ファザコン」の現れ方

それに絡めて、典型的なファザコン男性の見分け方を簡単に整理してみましょうか。

まず「自分を大きく見せようとする」。それから「過剰に男性性を示そうとする」。自分の男気をやたら盛ろうとする人は、ファザコンの可能性が高いと僕は見ています。服従心と、その裏にあるマッチョなアピール。別にこれは何の揶揄(やゆ)でもなくて、例えば地元の友だちを大切にする、「仲間のためなら俺は死ねるよ」とか、これはひとつの男性性の発露であり表現なんですね。

女性の場合はね、その裏返しとでも言いましょうか。ファザコン女性の特徴は「そういう男に気に入られる」ようなことを、ついついやっちゃう。例えば、自分から進んで男のゴージャスな装飾物になろうと振る舞ったりとか、あるいは過剰に「家庭を守る女」をすごく演じちゃう、みたいな。

男性性の押し出しが強い男の「妻」的な立場になろうとして、それを補足する方向に行く場合がひとつ。もうひとつは、直接的に「男性的に振る舞う」女性。例えば、自己実現を過剰にしようとする女性。傍から見るとオーバーヒートなくらいに自分磨きに熱中したり、仕事での成果を自分の人生のすべてだと捉えたりするような。あるいは男性に対して、不必要に反抗するとかね。男女平等で仲良くやりゃあいいのに、相手を怒らせる攻撃的なことをわざわざ言っちゃうとか。

ややラフにサンプルを並べてみましたけど、どのタイプも周囲にたくさんいるでしょう。きっと自分の身に覚えのある人も(笑)。だからファザコンって、実は現代社会の大きなテーマなんですね。

余談っぽくなりましたが、「軽はずみな承諾」の裏に、ひとつの要因としてファザコン性が隠れている場合がある。このポイントは押さえておいていいかもしれません。

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20代の時より知識も経験も身について、どんどん仕事が楽しくなってくる30代。ついつい心の声を無視して頑張りすぎてしまうこともしばしばです。そんな働き女子の力みがちな肩を、精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生がゆるーく揉みほぐしていく連載エッセイ。一生懸命だけど頑張りすぎない働き方のヒントが見つかるかも。

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