鳥飼茜のまんが(じゃない)ライフ

【鳥飼茜エッセイ】人生を楽しむ唯一の術

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人間には二種類の型がある

前回も少し触れたようにわたしは今、英会話を習っている。

何かの折に人に話すとたいがい、なぜ英会話を(漫画家で35歳のわたしが)習う(必要がある)のか?それが習得できたとして、わたしの人生に何の得があるのか?などなど、質問をさまざま受けますが、まさにどんな必要性もなく、答えにつまるわたしである。

さて、人間には二種類の型がある。

母国語のみを話す人間と、それ以外も話せる人間だ。

わたしはこの、世界を二分する論にとても弱い。何かを目の前にすると、突如として目の前の世界がモーセのアレの時のように、それが「できる人間」の側と、「できない人間」の側に二分される時があるのだ(あくまでわたしの脳内世界での話です)。

そしてこの時、ほぼ毎回自分が「できない人間」の側に立っていることを知る。無力だ、と感じる。それを知りながら、なんらかの策を講じないのは怠惰なのではないか?と疑い始める。

まず、一つでもやれることはないだろうか?と策を講じる。

泳げる人間、泳げない人間

前に一度、夏の旅行で訪れたホテルでも「世界の二分」があった。

そのホテルには日本では珍しく、深いプールがあったのだ。その深さ、2.5メートル。わたしは自慢じゃないが泳げない。正確には、足が届く水の中以外では泳げない。当然だ。わたしは陸地で生息する生き物だし、泳げなくとも事足りるからだ。

しかし人間には二種類の型がある。陸地しか移動できない人間と、水中でも移動できる人間だ。

自分の背丈よりもずっと深いプールを目の当たりにして、この事実に触れたわたしはショックを隠せなかった。

あまりにショックだったため、とりあえずそのプールは見なかったことにして、観光を楽しんだ。海を見て、お土産を買って、現地のものを食し、旅行は大団円……

を迎えるわけにはいかなかった。

足の届かない水中を知らない人間のまま、そのことに対して何もせず、ただ受け入れたまま旅行を(いや、一生を)終えてよいのか? そんな疑問が旅行中の数日間、頭の片隅で静かにじっとこちらを見つめていたのだ。

果たして最終日、わたしは雀の涙の勇気を絞り出し、そのプールに身を投げた。

控えめに言って、あの瞬間のわたしは勇敢過ぎた。

自分に対する自信が150ポイントくらい上がった。まずは「そっち側の人間」に片足を突っ込んで見せた自分に拍手だった。

自分の頭よりずっと上にある水面を見上げるのは、何とも形容できない新感覚であった。これは皆さんにも全力でお勧めしたい。たぶん宇宙空間もこんな感じなのではないでしょうか、とすら言ってしまいたい。全身を押す水圧が心地よい。耳の奥に、スーンという音が鳴るだけの静謐さ。足の下に地面はなく、頭の上にもただ水があるばかり。天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずといへり。あるのは澄んだ水、水ばかり。

一言で言って、

最  高

であった。

一歩先行く世界

人間には、二種類の型がある。

美容師に髪の毛を切ってもらう人間と、自分で髪の毛を切る人間。

ネイリストにジェルネイルを剥がしてもらう人間と、自力でジェルネイルを剥がす人間。

しゅうまいを崎陽軒で買って食べる人間と、作って食べる人間。

雑誌の数独のページをすっ飛ばす人間と、数独を解いてみる人間。

山を眺めるだけの人間と、山に登る人間。

こうやって世のさまざまなことついて、する側(後者)の人間というものが存在する。

ここでわたしとしては、自分の今、立っているところから一歩、「向こう側」に歩みたいのだ。そして、先ほど水中のエピソードで触れたように、ここで肝心なのは「片足を突っ込んでみた」という事実なのである。

世の中の事柄を時々、そうやって二分してみた時に、「向こう側」が少しまばゆく見えたなら、できる範囲で片足を少し、突っ込んでみたい。人間、泳げないものが急に泳げるわけがない。喋れない言語を急に自在に操れるわけがない。同じ道理で言うのにはやや無理があるかもしれないけど、昨日まで自分の世話でいっぱいいっぱいだった人間が味噌や洗剤のCMに出てくるような立派な妻やお母さんになれるわけがない。

ただ、片足を突っ込んで「向こう側」からの景色をほんの少しだけでも見てみたい。海中を自由に泳げる人からすれば、深さたった2.5メートルのプールに浸かったわたしなんて、彼らの足元で蠢くミミズにも及ばないことは十分わかっている。そんなの「泳げる人」だなんて誰も呼ばない。

それでもその一歩で、漫然と「こちら側」で生きているだけでは知れなかった感動が、水中の美しさのような圧倒が、一瞬でも目の前に広がることがある。

人間の一生なんて限られているし、目の前にある世界は物理上一つしかないわけで、だから人の経験のパターンなんてきっと知れているのだ。自分の一生を豊かにするのは、世界にただひとりの自分だけだ。

他人に「できる側」と認められなくていい。ただ見たことがない方から、見てみたい。今より違う方へ一歩足先を伸ばす以外に、人生を楽しむ方法を今のところ、わたしは知らない。

以上、「なぜ今、英会話?」に対して外資と取引があるとか、友達に外国人が多くてとか、堂々とした回答を返せないのが悔しいので、大げさに英会話を語ってみました。

ちなみに数独と山登りについては、あと数年はやれる気がしない。

(鳥飼茜)

本連載はこれが最終回となります。ご愛読、ありがとうございました。

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『先生の白い嘘』『おんなのいえ』『地獄のガールフレンド』など、複数の雑誌で連載をもつ漫画家、鳥飼茜さんのエッセイ連載です。

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