Duniakita図書館 小川たまかさん

「道を教えて」とだまされてレイプ 被害者が「語る」ことの苦しさと難しさ

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「道を教えて」とだまされてレイプ 被害者が「語る」ことの苦しさと難しさ

このたび私たちは、「Duniakita図書館」を開館することにいたしました。 ここは、皆様の寄贈により運営をおこなう私設図書館です。Duniakitaの主な読者層は、人生の分岐点に立つアラサーの女性。読者の皆様がもっと自由に、もっと 幸福に、人生を謳歌するための杖となるような本を収集すべく、ここに設立を宣言いたします。

失恋した時に支えてくれた本、仕事で失敗した時にスランプを乗り越えるヒントを与えてくれた本、そして今の自分の血となり肉となった本などなど。作 家、ライター、アーティスト、起業家、ビジネスパーソン……さまざまな分野で活躍されている方々の「最愛の一冊」を、人生を模索するDuniakita読者のために エピソードと共に寄贈していただきます。

今回の執筆者は、性暴力被害についての取材を多く手がけるライター・小川たまか(おがわ・たまか)さんです。

こんな人におすすめ
世の中の不合理に対して、怒りを押し殺している人

小林美佳『性犯罪被害にあうということ』(朝日新聞出版)

これほどの決意を持って書かれた文章を私は読んだことがない。

の前書きには、次のような言葉がある。

私が最も遺憾に思うことは、「被害者って、こんなに苦しいんです!」と訴えること。この記録が、そうとらえられないことを願いながら、世に出すことに決めた。
同情を買いたくないことだけは、先に伝えておきたい。

被害者が語ることの意味

著者の小林美佳さんは2000年の夏に見知らぬ男たちからレイプ被害に遭った。犯人は今に至るまで捕まっていない。あるきっかけから実名で被害を語る活動を始め、その経緯や被害当時のこと、その後の気持ちを詳細に綴ったのが本書だ。

彼女はなぜ、こんなことを前書きに書いたのか。たとえ「こんなに苦しいんです!」と語ったとしても、それを責められるいわれはないはずだ。現に、ひと月で体重が13キロ落ち、その後何年もフラッシュバックなどの後遺症に悩まされているのだから。それは1%も彼女の責任ではないのだから。

けれど、インターネット社会を生きる私たちは知っている。被害を語る人に対して、「被害者ぶるな」というバッシングを浴びせかける人は本当に存在する。LGBT当事者であるブロガーのキャシーさんは、ある記事*の中でこんなふうに書いている。「社会的に弱い立場にいる人々が黙って現状を受け入れるのは『かわいそう』だから同情できるが、彼らが権利を主張した途端に『生意気だ』と感じるのはよくある反応だ。(略)特定の条件下でしか支援をしないのは差別とそう変わらない。むしろ、差別そのものである」。

*キャシーの日々ハッテン day.124

これは、性的マイノリティーだけではなく、社会に対して問題提起するあらゆる“弱者”に対して向けられる差別だ。性犯罪被害者に対しても同じ。「なんでわざわざ被害をしゃべりたいの?」「社会に訴えて何がしたいの?」「被害を訴えるだけじゃ何も変わらないよ」、そんな言葉が矢のように飛んでくる。

何もわかっていない。被害者が語ることには重大な意味がある。なぜなら、訴えることができず、表面化していない被害がとても多いのだから。無理やり性交された経験を持つ女性のうち、67.5%は知人や家族はもちろん、警察や医療関係者にも相談していない(内閣府男女共同参画局「女性に対する暴力」に関する調査研究/平成26[2014]年度調査)。被害者を黙らせようとする圧力は、加害者への加担でしかない。

個の被害を知ることの意味

私は昨年頃から、性暴力被害についての取材を多く行っている。本書の存在は以前から知っていたが、読むことに少し抵抗があった。たとえこの本で彼女の身に起こったことを知ったからといって、そのつらさを知った気になってしまっていいのか。そんな気持ちがあった。彼女の前書きに対する言葉で言えば、安易に同情していいのか、ということになるのかもしれない。

けれど、本書を読んで知ったことがある。

彼女は書く。加害者から道を聞かれ、教えようとした善意を利用されたこと。困っている人に手を差し伸べることは正しいことだと思っていたのに、それを裏切られたこと。

彼女は書く。レイプ被害後も通勤中の電車で痴漢被害に遭い、トイレに駆け込んで吐いたこと。渋谷の東急ハンズで精液をかけられて泣いたこと。

彼女は書く。混乱の中で「あの人たち(加害者)はレイプを悪いことだと思わない人なんだ。私は悪いと思う人間なんだ。価値観がちょっと違う。ただそれだけのこと」と自分を納得させようとしたこと。

彼女は書く。被害を打ち明けた元恋人に対して大きな負担を感じさせてしまったことを申し訳なく思うとともに、感謝していること。

彼女の悔しさや痛みのすべてをわかる人はいないし、もちろん私もわかるなどと言えない。けれど、書かれている感情の断片のいくつかに、深く引き寄せられる。彼女に起こった事実のいくつかが、私の中に残る。「性犯罪被害者」という文字から受けるぼんやりとした印象ではない個のストーリーがそこにあり、私自身の人生とリンクする。

あなたと一緒に怒りたい。声を上げたい。だから私は今日も聞いたり書いたりしている。

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