名古屋大学大学院准教授・内田良さんインタビュー(後編)

学校で怪我をしても感動話にすり替わる  リスクが美談で見えなくなる教育現場の病

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学校で怪我をしても感動話にすり替わる  リスクが美談で見えなくなる教育現場の病

巨大組体操など「感動」で隠されるリスク

内田良さん


>>【前編はこちら】ドッジボールには暴力性があるのか? スポーツ教育につきまとう、目に見えない“悪意”のリスク
前編では、「ドッジボール問題」の意義と教育現場の現状について、を上梓した、名古屋大学大学院准教授・内田良さんにお話しいただきました。後編ではさらに学校での「感動演出とリスク」について伺います。

「事故件数増加=対策してない」は間違い

――現在、教育現場のスポーツ事故というのは増えているのでしょうか?

内田良さん(以下、内田):死亡事故は減っています。世の中の動向として基本的には安全意識は高まっていますから。安全意識が高まってくると基本的には重大なものは減少し、同時に軽い事故が認知の上で増えてくるんです。それは安全意識や医療が進化すると、重大事故は当然減る一方で、敏感になっていくので、ちょっとの事故で医療にかかったりする。あるいは先生が心配して医療に行くということで、今まで放置していたものが表に出てくるので、件数は増える。重大事故は減るけど軽い事故が認知の面で増えていくというパラドクスのようなことが起きるということです。

――昔だったら怪我として認知されないようなものでも怪我として登録されるようになったということですよね。でも、それは安全対策として良いことですよね。

内田:だから怪我の認知件数が増えるのはいいことだと思います。いじめの件数についても同じことが言えます。把握できているということですから。学校の先生方のほとんどは、「いじめの件数が増えた」ことを否定的に評価しますが、それは全くの間違いで、ゼロ件の方がよほど怖いと思いませんか。

児童の危険の上に成り立つ「感動演出」

――著書の中でも巨大化した組体操の危険性というものが書かれていましたが、組体操などの感動演出が増加した背景というのはどのようなものなのでしょうか?

内田:それは、おそらく保護者のことを考えているんですよね。本の中でも書いた2分の1成人式もそうですけど、保護者に喜んでもらえてなんぼだというところがあるんです。大学進学率が高まるにつれて、先生が必ずしも高学歴というわけではなくなり、それにともない、先生という地位の権威が低下しました。そうすると、いかに保護者の支持を得るかを考えた時に、見栄えのいいものをやって、保護者に感動してもらって、なんとか保護者を巻き込んでいく、取り込んでいくみたいな思惑が出てきます。保護者が喜ぶと先生はかなり安心しますからね。

――生身の子どもたちが行う組体操って本当に危険ですよね。

内田:建築現場だと2mを越えた時点で足場に手すりや命綱などの安全対策が必要だと法律で決まっています。でも、組体操は何もないですからね。最高だと7mくらいの高さになるのに。それを生身の子どもたちで組み上げ、何度も何度も崩れるのですから怪我をしない方がおかしい。教育だからこそリスクが問われなくなっていて、まさに「教育という病」なのです。

――怪我をした子どもを美談に仕立てる風潮も怖いですよね。

内田:そうですね。怪我をすれば、入院しているところに手紙を持って行き、「誰々ちゃんのためにみんな頑張っているよ」と。そうすると親も子も涙するという具合です。不慮の事故とか、そもそもやっちゃいけないもので怪我しているという発想も全部消えていって、感動話にすり替わっているんです。教育現場の美談をつくる能力というのは本当にすごいです。

――教員や保護者だけでなく、教育現場に直接関わり合いのない市民も学校教育について考えることは非常に重要なことですよね。

内田:みなさん義務教育は当然のこと、高校、あるいは大学とずっと学校で育って社会に出ているわけですよね。そうすると学校でやっていることに対し、肯定的な人はたくさんいるわけです。部活動も長時間やってあたりまえだし。それは運動会の地域住民もそうだけど、保護者も地域住民もわりとそういった学校的な文化に染まっています。学校問題は、けっして学校のなかだけの問題ではなく、私たち市民の問題でもあります。そこに踏み込まずして、教育リスクの問題は解決しません。そこを本当に強く訴えたいですね。

大人の常識が子どもを危険に晒す

――みんな通ってきた道だからと容認してしまう。虐待の連鎖じゃないですけど、これを回避するには、意識改革する必要がありますね。

内田:全くその通りだと思います。そこを是非、みなさんに考えて欲しいと思います。とってもありがたいのが、いろんな人に会うと「ついこの間まで組体操を見て涙を流してた。でも、考えてみると確かにあれは危険だわ」って。これはやっぱり「感動の洗脳」じゃないけれど、みんな「学校の美談」的なものを見て感動しちゃうんですよね。でも、エビデンスを使って冷静に考えてみると「確かに!」と危険性を認識してくれます。本当に嬉しいことです。

感動するのはいいとしても、せめてリスクを減らした感動にすべきです。組体操しかり、柔道しかり、一生の障害を負ってしまったり、下手したら亡くなってしまう危険性もあります。感動物語を演出し、見せるのであれば、感動を呼ぶために考えられるリスクというものも同時に提唱する必要がある。「感動がリスクを見えなくする」これは本当に危険なことだと思います。

(橋本真澄)

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