「アフロとモヒカン」代表・西室美香さんインタビュー

野心も野望もない、ただ「会社員はムリ…」と逃げてきた 41歳・ガーデンデザイナーの働き方

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野心も野望もない、ただ「会社員はムリ…」と逃げてきた 41歳・ガーデンデザイナーの働き方

「ライフ≒ワークな生き方」
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横浜市営地下鉄・ブルーライン吉野町駅。ここから歩くこと5分、大きな交差点にある3階建てのビルにたどり着きます。無機質なビルのいたるところに植物が彩られ、横浜の都会ながら自然を感じられる印象的な建物。

ここは、エクステリア&ガーデンデザイナーとして活動する西室美香さん夫妻の拠点です。今は「アフロとモヒカン」という不思議な社名を掲げてフリーランスとして活躍する西室さんですが、聞けば、「野心も野望もない、ただ『会社員はムリ……』と逃げてきた結果、こうなっただけ」とのこと。

そんな西室さんの働き方の遍歴とは?

1

ヒールにスーツで徹夜をしていた頃

——西室さんの今のお仕事は?

西室美香さん(以下、西室):
「エクステリア&ガーデンデザイナー」です。簡単にいうと、住宅のまわりの塀やアプローチ、あとはお庭や植物の設計・デザインをしています。

大学生の時、ランドスケープデザインの道へ進み、そこから会社勤めも経験したんですが、2013年にデザイナーでモヒカン頭の夫と「アフロとモヒカン」という会社をつくりまして。それまでは30代からフリーランスで活動していました。

2

——会社勤めからフリーランスになったきっかけは?

西室:実は、野心や野望があって独立したわけではなくて。自分がどう働き、暮らし、生きたいのか、模索するというわけでもなく、言ってみれば、逃げ続けていたらこうなっていたというか(笑)。

——というのは?

西室:大学を卒業して、普通に就職活動をして内定をもらった建設系の会社の設計部に入ったんです。そこで社外顧問をされていた先生の事務所に、出向で半年お世話になる機会がありまして。街並み設計のパイオニアともいえる先生だったんですが、すごく楽しそうにお仕事されていたんです。街並みを美しくすると、こんなに暮らしが豊かになる。本当にすばらしい仕事なんだ、と感動しました。

建設系の会社は、徹夜・休みなしが当たり前という厳しい世界です。だから、仕事を含めて人生を楽しんでる先生の姿に正直驚いたというか(笑)。

——半年の出向後は?

西室:また元の会社できつい働き方が始まりました。どんな仕事も大変ですが、業界的に建設・土木・造園となると、本当に男性主体の社会なんです。少数派の女性として、そこに必死でついていく日々。終電までの残業は当然。「景観をつくる仕事に就いたはいいけど……なんか違う」と感じていました。

——会社を辞めようと決意する具体的な出来事はあったんですか?

西室:今はこんなアフロ頭にラフな格好ですが、当時は横浜から渋谷まで、スーツを着てヒールを履いて通勤していました。が、毎日、満員電車に揺られながら、だんだんとこの働き方は「人間らしくないな」と感じるようになって。

そんなある日、深夜の帰宅時に大雪で電車が止まってしまったことがあったんです。朝方にやっと家に帰りついたのですが、電車に長時間閉じ込められたことで、持病の椎間板ヘルニアが一気に悪化してしまいました。それでついに「この働き方は違うんだ」痛感して、会社を辞めました。24歳でした。

——そこからすぐフリーランスに?

西室:いえ、そんなにきっぱりとは……。1年だけエクステリア&ガーデンデザインの専門学校に通ったり、また懲りずに別の会社に就職したりしていました。でも、やっぱり徹夜や休みなしが当然で。このまま会社で働き続けても、自分がやりたい仕事ができるとは思えないし、その前に自分が壊れると感じました。

辞めてみると、先に独立していた先輩や仲のいい職人さんが単発でお仕事をくださって。それで1週間、1ヵ月と仕事で埋まり始め、結果的にフリーランスになったという感じですね(笑)。

3

鎧を脱がしてくれたある出来事

——独立されてから何か変化はありましたか?

西室:独立をして6年後に東日本大震災が起きました。震災後、仕事はあるものの、現場はほぼ停止という状態がしばらく続いて、急に空白の時間ができたんです。

その時、ふと、ずっと伸ばしてきた髪をどうしようかな?と考えて。

——震災の時に自分の髪のことを考えた!?

西室:そうなんです、本当にふと。すると、モヒカンの主人が「アフロにすれば」って(笑)。これまでのお客さんに受け入れられるかわからないけど、もうヒールやスーツは似合わないし、とりあえずやっちゃえ!と。で、なぜかすごく吹っ切れました。

——なんだか笑ってしまうような吹っ切れ方ですね。

4

西室:アフロにするって、一つの行為にすぎないけれど、私には大きかった。久しぶりに会ったお客さんが、最初は「まったく別人じゃない!」と驚かれたあと、「とても似合うからそのままでいた方がいい」って褒めてくださったたんです。受け入れられないかもと恐れていたことが、逆にすんなり受け入れられて肩の力が抜けました。「あ、私これでいいんだ」と腑に落ちたというか。

会社で働いていた時は、ナメられないように鎧をまとっていたんですね。プロなんだからいつでもきちんとしていなきゃ、と最大限こわばってた。でも、今は鎧なんかなくて、自然体で自分の理想に近いクオリティーの仕事ができているな、と感じます。

5

“理想”は目指すものじゃない

——いろいろあって今に至るんですね。

西室:そうなんです(笑)。ただ、感じるのは、理想的な働き方や生き方は、目指すのではなく「自然と近づいていく」ものだということ。人生は予測不能なんです(笑)。実はこの感覚は、仕事にもそのまま活かされていて。30歳を超えてから自分の仕事に対するお客さんのフィードバックが、本当に心に染みるようになりました。一方的に私が造るんじゃなくて、一緒になって暮らしを演出していくものなんだな、と。まさに自然と近づいていく感じです。

——西室さんにとって仕事とは?

西室:生きていくための手段で生業であり、自分のアイデンティティー。この仕事をやれなくなったら、自分が何者かわからなくなる、自分の中の大半を占めるものです。

「仕事=自分」というと、仕事漬けみたいに聞こえるかもしれませんが、そうじゃないんですね。ヒールからわらじへ、ロングからアフロへと、それまでとはまったく違った場所に流れてきたから、「仕事=自分」と自然と実感できるんだと思います。仕事と生活をムリに分けて考えない。現場で汗かいて、手を動かして、土と植物と戯れる自分にしっかと納得して生きていますね。

“理想”は目指すものではなくて、自然に近づいていくもの。西室さんのその言葉に、自分がどれだけ力んでいたかに気づいて、ハッとさせられました。野心も野望もなく、ただ流されてきたと言う西室さんの言葉には、働き方のヒントがたくさん詰まっていました。

(たけいしちえ)

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激務の通勤生活、今年で何年目? ふと気づけば、プライベートの暮らしは仕事に押しつぶされてぺちゃんこに。何のために頑張っているのかわからなくなることさえありますよね。「いつまでこんななんだろう」「働き方を変えたい」「でも方法が分からない」この連載では、そんな悩みや迷いをえいやっ!と乗り越えて、“ライフ”に“ワーク”をぐんと引き寄せてしまった彼女たちに話を伺います。

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